13:20 |
イスラム系中華レストランで昼食。ノンアルコール。スーラタン風味ヌードル片中華スープ(じゃがいも、トマト、羊肉)、サラダは細いヌードル入り胡瓜とトマト、香菜添え、魚唐揚げ甘酢煮、肉野菜(玉ねぎ、にんにく、インゲン豆)、ニラと挽肉、にんにくの芽、ニラ餃子、鶏肉、ピーマン肉炒め、握り飯。 |
14:50 |
出発。目抜き通りは穴ぼこだらけでバスは徐行しながら穴を避けて通る。 |
14:55 |
カラコル・バザール視察、20分間。葡萄1kg30ソム、バナナ30ソム、人参5〜10ソム、玉ねぎ15ソム、ビート18ソム、ピーマン25ソム、卵55ソム、食パン1斤12〜13ソム、厚手のナン25ソム、歯ブラシ100ソム、洗濯石鹸15〜22ソム、Tシャツ500ソム、ブラウス520ソム。 |
15:15 |
出発、道に迷いつつ宿舎のアイシャ・ゲストハウスを探す。 |
15:45 |
小住宅街のやや大きい2階建て、名前負けするゲストハウスだ。3軒に分宿する。民宿なら客を泊める設備が整っているが、ここは家族の住んでいる部屋を開放するだけ。自分たちは隣家か親戚宅の広間に雑魚寝する。いうなればホームステイだ。
われわれA班が割り当てられたアザンベイヴァ家には8人が、主人の部屋、居間、子供部屋などに分かれた。嶌会長は主人の居室だが、洋服ダンスは主人のスーツ満杯で使えない。全て無い無いづくし。子供部屋は幅の狭いベッドが3つ、机もイスもなく、足踏みミシンが唯一の台、洋服ダンスどころか衣類をかけるフックもない。電話もなければ、鏡もないし、コップも石鹸もない。部屋に鍵はかからない。
1階はトイレとシャワー室が分かれているが、シスタンクが故障して水が溜まらないから便が流せない。シャワーは停電のため18時にならないとボイラーにスイッチが入れられず、それから2時間待たなければお湯が沸かない。
2階には近代的なトイレ兼シャワー室がある。結局、このトイレ皆使うことになったが、シャワーを使っているとトイレは使えず、不便このうえなし。屑籠は玄関に小さい段ボールの空き箱が1つあるだけ。
洗面器もバケツもなく、台所の琺瑯鍋に水道水を汲んだら最初は澄んだ水も牛乳色から薄茶色に変わり、ついに黒い錆びが出てきた。 |
17:15 |
ティータイム、食堂に集まる。テーブルとイスは整っている。テーブルクロスも悪くない。チャイと黒白パン、ビスケットにウエハース。娘さんにキルギス語のあいさつ言葉を教わり、日本語のあいさつを教えた。家族はみんなアットホームな態度、笑顔で接してくれる。 |
19:00 |
夕食、ビールとジュースは旅行社の差し入れ。メニューは3軒統一で、ボルシチスープ、ピーマン、玉ねぎとナスに胡麻入り野菜煮、ハンバーグに蕎麦の実、ライス、刻み人参添え、グレービーソース。ハンバーグは大ぶり2個だったが、みんな1個ずつにしてもらう。ティータームのパンも残ったままなので、せっかくのご馳走が口に合わないとみられないよう皿はきれいに片づけた。
あとで聞くと、前に泊まったスウェーデン人やフランス、ドイツ人はみな健啖で、ティータイムでもお茶を10杯、パンや菓子はきれいに平らげたとか。日本人は少食だと知らせた。
母親、嫁(娘のカラコル大学クラスメート)、娘(幼稚園の英語教師)の3人が顔をそろえ、娘と嫁が代わる代わる英語で通訳しながら母親が「カラコルには大きなホテルがないので、私どもが外国人団体に宿を提供している。泊まっていただいて感謝します」とあいさつした。
食後、部屋に帰ったがテレビもなく、照明が暗くて本も読めず、煎餅布団で寝るしかない。夜中に停電したため手探りで暗闇のトイレに行った。ドライバーの2人はバスを盗まれないよう、車内に仮泊したという。 |