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季節が入れ替わる時間ウズベキスタン
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★ 2005年より2008年まで文化庁芸術家在外研修によりウズベキスタン藝術アカデミー民族楽器工房に在籍し、芸術アカデミーの楽器職人オレム先生のもとで楽器製作を学んでこられた中村真(漆工芸家)さんからの、タシケントでの春から夏への移り変りを描いたエッセイです。
黄ばんだ、当初は白かったはずのペンキがこってりと塗られて、立て付けが良くない薄暗い楽器工房の春の窓には、塗ったように青空が広がるのだが、遅い昼食時あたりからぽっかりと雲が浮かぶようになる。午後も半ばを過ぎる頃、水分を若干含んだこの時期の空気は暖められ飽和点に達するようだ。窓の外、西の方角に遠い雷鳴とともに巨大な積乱雲が眩しく浮かびはじめるのを確認すると、私は鉋を動かす手を止めて慌ただしく帰り支度をはじめる。「あれ?もう帰っちゃうの。」と我が師匠オレム先生は渋い顔でこちらを見る。「ええ。我が家がまた海になってしまいますからね。」「そうか。じゃ、家に魚がいたら捕まえてきてくれよ。」だいたいこんなやり取りを残し私は家路を急ぐ。
我が家はタシケントではありふれた9階建て集合住宅の7階西側角部屋。ここに引っ越してきた年の今頃、季節性の嵐に窓をこじあけられ部屋が水浸しになった。要するに我が家の窓も工房のそれではないにしろ、立て付けがよくないのだ。思い返せば引っ越してきた頃、桃源郷のように杏子の花咲く旧市街のパノラマがひろがる西側の窓枠に呪いのように打ち込まれた五寸釘の意味がわからず抜いたのが仇となった。あの貧乏臭い錆びた釘は窓の鍵という重責を担っていたとは。そんなことで去年のこの時期、私は階下のご近所さんに頭を下げ、とりあえず研究そっちのけで窓を改修するはめになった。この時期に工房から早退する理由としては夕立の気配程度で十分なのだ。
工房から早足15分で帰宅。旧市街の向こうの積乱雲は膨張を続け、空の色は明らかに黄色味を帯びてくる。洗濯物を急いで取り込み、家中の窓を締め切り、施錠の再確認をしてようやくお茶をひとすすりしながら西の窓を見張る。
束の間の静けさは新緑のポプラ並木のざわめきで破られる。巣に戻ろうとしているカササギがギャーギャーわめきながら風に煽られ、あらぬ方向に流されていったのを確認したのと同時に旧市街は砂塵に霞む。「ドカーン」という衝撃とともに暴風雨が駆け抜ける様子はまるで継続する爆発だ。軋みとともに明らかに膨らんだ窓を一応手で押さえてみる。風切り音に叩き付ける雨音、ガラスが砕ける音も混じる。どこかの窓が派手にあおられたのだろう。押さえている窓の隙間からは滝のように雨水が浸入してくる。風の呼吸を見極めて手を離し、雑巾で拭きバケツに絞ること20分。ふいに飛行機が雲を抜けたように風雨はぴたりと止み黄金の光に包まれる。雨水ででろでろになった床をようやく拭き切り、雑巾を干しにベランダに出る。中庭をはさんでお向かいの集合住宅でも同じような後片付けは淡々と行なわれている。中庭を見下すと飛ばされた衣類をはじめ諸々がひっかかった桑の木の下に、散歩から家に戻ることができなかった羊数匹とビニール袋を気休めに頭に冠ったはいいがずぶぬれになった付き添いのおじさんがもぞもぞと動き出す。
東の空には積乱雲の背中と、それに寄り添う二重になった馬鹿でかい虹を見送り、雨で清浄になった冷たい空気を深呼吸。ふと視界を切り裂くように鳥が横切る。どうやら嵐の後を追いかけてきた燕がぽつぽつとやってきたようだ。
プロフィール:漆工芸家。2005年より2008年まで文化庁芸術家在外研修によりウズベキスタン藝術アカデミー民族楽器工房に在籍。
2010年05月01日(新規掲載) |
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