協会の活動状況・会員からの寄稿
SYMPOSIUM_7

アメリカ・イスラム・中国  新政権の日本外交を語る
9・11から5年——激動の国際情勢を多角的に分析


 わかりました。では、そろそろ会場からの質問を交えてお話しを聞きたいと思います。まず、国分さん。質問は「中国の経済は、結局ダメになるのか?」ということです。2008 年(北京オリンピック)、2010 年(上海万博)のあと中国経済はどうなるかと。それをまずお話しいただき、さらに、先ほど五百籏頭さんが言われたこと、たとえば日本は今後、アメリカなどとの関係を持ちつつどんな中国外交を展開すべきか、その辺をお話しください。

国分 はい、ありがとうございます。 しかし、ここで中国経済の問題をひと言で話すのは無理ですから、それについては本をご紹介したいと思います。 最近、慶応大学から『中国の統治能力』という本を、26 人がかりで各分野をまとめて出しましたので、ぜひそちらを読んでいただきたいと思います。 いわゆる学術書ではありますが。
 しかし、それこそ中国は年間 8 万 7 千件もの暴動が起こる社会です。1 日に 230 〜 240 件、どこかで必ず暴動が起こっている。 しかもこれは公表している数字ですから、現実にはおそらくもっと数字が増えるはずです。 インターネットを見ていますと、本当に気分が悪くなるくらい次々に暴動や事件が起きています。 ここで今十何人死んだ、炭鉱で死んだというように毎日、何時間刻みぐらいで出てくる。 見るだけでも大変です。 また、今年の大学生の就職率は 40 % 台と言われています。 250 万人が職を持てないでいる、しかも一人っ子たちです。 こういう状況になっているわけです。 ところが、その一方で、バブル的な経済の繁栄も起こっている。 でも、それは本質的な中国経済の活性化ではない。 つまり、消費社会はまだ出来ていない。 そういう意味では、政治体制も含めて、「どうにかしなくちゃいけない」という大きなテーマがまずあります。
 実は、先ほどの酒井さんのお話しに触発されて、私は日本が中国と今までどういう付き合い方をしてきたかを、アメリカという変数を入れて改めて考えてみました。 すると、中国は、日本にお礼を言わなきゃいけなかった。 というより、わかっている人は皆わかっていることですが、日本はタイミング、タイミングで、中国が苦しいときに「何度も助けてきた」という歴史を持っています。
 1 回目は、中国の文化大革命がまさしく終ったとき。 まだアメリカとも外交関係はなく、では中国はこれからどこに行くのか? また、あの文革時代の変な中国に戻るのか? となってきた瞬間に、日本の ODA が始まったわけです。 中国が昔に戻ってしまっては困る、「近代化する」と言っている、そして中国はまだ発展途上だから——と ODA を出した。 ぱっとこちらに引っ張る意味も込めて…。 大平政権のときです。 この援助額が、当時の中国にとっては国家財政の何 % を占めたか、という話です。 ものすごく強大な助けでした。 そしてアメリカとの外交関係は実はこのあとからです。だから、日本が先導したということ。
 2 回目は 1989 年、天安門事件のときです。 天安門事件で中国が本当に孤立化して困っているときに、そのときも日本外交は有効に機能した。 もちろんアメリカにせよ、カナダにせよ、彼らだって中国を孤立させたくはなかった。 しかし、これらの国々の特徴として、国内的には“人権問題”に触れずにはできない。 そうしたとき日本が能力を発揮した。 中国と先進諸国の間に入り、中国を孤立させないように「こっちへ来いよ」と、つまり改革・開放路線を促した。 その結果 1992 年、トウ小平の「南巡講話」が生まれた。 トウ小平が「社会主義を堅持しつつ、市場経済路線を行く」という宣言をする。 そして、そこから中国の成長がパッと始まった。
 さらに、もっとあります。 2001 年にいよいよ中国が WTO に加盟するにあたっての準備交渉段階で、そのときもやっぱり日本は優しかった。 一方、アメリカはいろんな意味で随分ゴネました。 それを日本が上手に取り成した。 だから、そうやって大きくなってきたことを思えば、中国はもちろん日本にも恩義を感じないといけないんです。
 しかし現実には、中国は、先ほども言ったように政治体制を含めて、あまりにも問題が多すぎる。 しかも、軍事的透明性もまだ充分でない。 その意味では、これから軍事力をワッと拡大してしまうとソ連の二の舞になることも考えられる。 したがって、周辺国にとってはやはり中国が安定的に移行していくことが、この地域にとっての重要なファクターだと思うんです。
 それから、中国問題は確かに外交問題にも直結しますけれど、実は、中国という国は本質的には内向きの社会です。 そして、そういう意味でも、日本にはまだやれることがたくさんある。 ところ、が哀しいことに、別に政府の意図でも何でもなく、たとえば東シナ海で船がぶつかったとか、留学生が問題を起こしたとか、日本と中国との間に偶発的な問題が起こった瞬間、日本は「アメリカに交渉をお願いして……」と言うのでは困る(笑)。 もちろん、そういうことはないと思いますが…。
 ここはやはり、日本のある種の優位性でもある“曖昧外交”を上手く使って、外交展開できる余地を常につくっておくことが大事だと思います。 中国とはコミュニケーションをきちんととる。 日本は、アジアの中では優等生中の優等生です。 ですから、その方向が、今後の中国のひとつの大きなモデルになっていることは間違いない。 中国問題はとくに大きくなっていくと思いますが、あるいは北朝鮮の問題を含めても、東アジア全体のビジョンを日本が考えていくよい契機だと思っています。


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2006年12月31日(掲載)
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