協会の活動状況・会員からの寄稿
SYMPOSIUM_2

アメリカ・イスラム・中国  新政権の日本外交を語る
9・11から5年——激動の国際情勢を多角的に分析


 つまり“共感を持たれる外交”をやってきた、ということ。

五百籏頭 そうです。まさに、それでやってきた。ところが、そのバランスが崩れたのはやはり「 9・11」だと思います。米国同時爆破テロ( 9・11 )が起こり、自分の心臓部をいきなり突かれたということで、アメリカ人は熱くなった。なにしろ 1812 年の米英戦争(第二次独立戦争)のときと真珠湾攻撃以来、アメリカは自分の国が攻撃を受けたことがない。そういうなかで、しかも大戦後は自前で世界の安全管理まで担ってきたのに、脆くも自分の内側に「ストーン!」と KO パンチが入ってしまった。これで非常に熱くなって、久しぶりに安全保障対応を真剣に考えるようになった。もちろん、その背景には「ネオコン」というかなり特殊な思想を持った人たちの力も大きく働いていた——これが今日の状況に徹底的に影響している、と思います。
 また、ネオコンの人は共和党支持だったかもしれませんが、そもそもは民主党的なリベラル思想をもつウィルソン主義です。その意味では、世界の秩序を真剣に考える真面目な国際主義です。ただ、彼らがウィルソンともちょっと違うのは、世界の秩序を守るために、アメリカの最強の手段である軍事力の行使を「辞してはならない」という点、この強調がいまのネオコンの特徴です。したがって、イラクであれ、どこの国であれ、“ならず者国家”に対してアメリカは決して退いてはならないという。とくに国家主体ではない、新しい脅威(テロ)に対してはそれをやらなければいけないというロジックの下、強い力の行使に出た。
 しかし、アフガンへの攻撃は“アメリカを襲った奴らを匿っているから”という意味ではまだ当然だと思いますが、イラクについてはかなり不用意に、先入観でやってしまった。そして、結果的にそれがイラクという国を国際的テロリストのプレイグランドにしてしまい、アメリカ自身にも非常に大きな負担となってしまった。ウィルソン主義を軍事力によって実現してしまったツケです。また軍事力の過度の強調は、そもそも好き嫌いが微妙なバランスだったアメリカに対する印象を、さらによくないほうへグッと押してしまった。これがヨーロッパとの亀裂であり、あるいはアメリカの介入を嫌っている中東や南米など、アメリカに対する強いアレルギーになっているということです。
 そういうなか、日本だけがいま上手に立ち回っている。小泉さんはアメリカに協力してイラク戦争も支持しました。そして私は、イラク戦争は間違った戦争だと思いますが、一方でいかにアメリカとの関係が大事かという点については、先ほど話しに出た北朝鮮問題、中国問題を見ても明らかです。その意味では、日米関係の重要さを鑑みて、イラク戦争自体が正しい正しくない以前の問題として、「日米関係自体を大事にしないと日本の生存、日本の安全保障の基盤が崩れる」というのが小泉さんの選択だったと思います。そして大胆にも「支持」を表明し、イラクに自衛隊(陸自)を派遣することまでやった。私は歴史家として、これは非常に危ないと正直憂慮していましたが、結果としては数年後、小泉さんは自らの政権内に陸自のイラクからの撤収にも成功した。しかも対米関係をまったく損なわずに、プレスリーなどを上手く持ち出しながら、何となく賞賛を受けながら“逃げた”わけです(笑)。しかも敵前逃亡とも言わせなかった。このあたりについては、ほとんど魔術じゃないかと思うほど上手いです。
 たとえば、軍隊を“出す”こと自体は、国民の熱狂を背景に乱暴にやろうと思えばできなくもない。政府で用意できる。しかし“退く”というのは非常に難しい。私は歴史家として、それがわかっていますから、小泉さんに何故それができたのか実は不思議でした。最近、ある当事者から面白い話が聞けました。曽野綾子さんという作家がおられますが、イラク自衛隊派遣が決まった頃、あの方が小泉さんはじめ政府の要人たちにこう言ったといいます。
 「あなた、イラクって国のことを本当に知ってる? あのアラブの、イスラムの人たちがどんな人たちか、本当に知ってる? スゴイ人たちよ! 恨みのキツさ、報復の激しさ、日本人には想像もできないわよ! だから、出すのなら出すで、もう仕方ないから…。だけれど出したあとは、一日も欠かさず“撤収”のことを考えなさいよ」
 それが意外に耳に残っていたというんです。イラクには UC 同盟という米英日豪のイラク派遣グループの実務協議があるらしいのですが、昨年 12 月にその席でイギリスが「半年後ぐらいに撤退する」と提案してきた。曽野さんの言葉が頭にあったので、心の準備があったので、「これを逃がしちゃいけない!」とそのチャンスを大事に進めた、と聞きました。誰から聞いたかはまだちょっと言えませんが、とにかく小泉さんはそういうチャンスを逃がさない。たとえば僥倖(ぎょうこう)とか不運などは、いわば誰にでもある。ただ違う点は、その僥倖がやってきたときにそれを掴める人かどうかということ。たとえば田中均さんは外交官として、自分でその僥倖をつくろうというお立場にいる大変な方です。つまりそうしたことが出来る、出来ないは、個人個人の知的準備の在り方、心の準備の違いだと思うんです。


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2006年12月4日(掲載)
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